持つべきものは友
前回、英語を習得せずに大人になったと書きましたが、
36年前、英語を習得せずに外資系の銀行に入ってしまった話です。
当時は、日本の銀行が世界を席巻している時代で、優秀な学生は
邦銀へ就職する時代でした。
大いなる目標も持たぬまま、留年をして大学生活も5年目を迎えて、
就職活動も出遅れてしまいました。知り合いの先輩に連絡をしても、
「もう採用は終わったよ」と言われ、仕方なく学生課に行ってみました。
さして魅力のある就職先も見つからず、ぶらぶらしていると、
そこにクラスメートのN君が現れました。
彼はクラスの中でも、いや経済学部の中でも俊英と言われた人物でした。
なぜ彼が大学5年目に就職活動をしていたかというと、
前年、中国の北京に留学をして1年遅れたのでした。
遊んでいて留年している私とは全く違う理由でした。
「おお、新保。久しぶり。どうした?まだ就職活動しているの?」
「うん、まだ、どこも決まっていないんだよ」
一瞬、考えたN君は
「俺、外資系の銀行に内定をもらっていたけど、記者になるのが希望なので、
そこの内定を断ったんだ。内定者のもう一人も大学院へ行くらしいから、
3人のうち2人断ってるので、その銀行は多分、今、困っているから
連絡してみれば」
「へえ、でも俺、英語しゃべれないしなあ」
「何とかなるでしょう」
そして、次の日、その英国銀行の在日支店に連絡を取ってみました。
すると人事部長が電話に出て、就職活動をしている学生と告げると
人事部長は驚きで声が裏返り、「ぜ、是非、明日、お越しください」と
言うではありませんか。
「就職条件に英語堪能な方とありますが、私、英語しゃべれませんが
大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
なるほど、二人の学生に逃げられた人事部長は焦っている様子。
翌日、初めて書いた英語の履歴書を携えて丸の内にある銀行へ向かいました。
優秀な学生を選び過ぎてしまい、最後は英語のしゃべれない、アホな学生を
採用しなければならない悲劇。でも人事部長は自らの失態を何とか
挽回しようと満面の笑顔で迎えてくれました。
しばらく話すと、その部長は「私はOKなんですけど、最後に支店長と
面接をしてもらいます」
「支店長って何人ですか?」
「英国人です」
「私、外国人と英語で話したことがないのですが」
「大丈夫です。私が何とかします」
??? 何とかする?。。。
そして二人で支店長室へ入りました。
私が書いた英語の履歴書を見ながら、その英国紳士は私に質問を
投げかけますが、案の定、全く何を聞かれているのか判りません。
すると横に座っている人事部長が、流暢な英語で全て答えてくれるでは
ありませんか。何とかするとは、この事だったんだと納得しました。
学生の採用なのに人事部長が必死に答える滑稽さ。
その英国紳士は、何もしゃべれない私を見て不思議そうな顔を
していました。
でも最後は人事部長に向かって「お前が良いなら、俺はOKだよ」と
言ったようで、人事部長の部屋に戻ると「是非、うちに来てください」
と内定が出ました。
あんなに、やる気のない学生が、就職活動1日で内定をもらった瞬間
でした。
あの日、あの時、学生課でN君に会わなかったら起きなかった奇跡。
やはり、持つべきものは友と実感したのでした。
N君は、希望通り、経済誌の記者になりました。
その後、私は就職して英語で苦労したのは言うまでもありません。
でも人間、悩んでいたって何が起きるか分からないものです。
遠い昔の奇妙な話でした。
業務統括事業部 新保和久